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大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)1257号 判決

原告 大成産業株式会社

被告 島野商事株式会社

主文

被告は原告に対し金一、〇三二、〇〇〇円及び内金一四四、〇〇〇円に対し昭和三七年四月一〇日より、内金八八八、〇〇〇円に対し昭和四〇年五月一二日より各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金二、七九五、〇〇〇円及び内金三九〇、〇〇〇円に対し昭和三七年四月一〇日より内金二、四〇五、〇〇〇円に対し昭和四〇年五月一二日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、別紙目録〈省略〉記載の土地(以下本件土地と略記する)は原告の所有である。

二、原告は昭和三一年頃から右土地を被告に対し賃料一ケ月金一万五千円と定めて賃貸してきたが、右賃料は一般物価特に地価の暴騰や公租公課の値上り等に比較し著しく低額となつたので、原告は昭和三六年九月二〇日被告到達の書面で右賃料を同年一〇月一日から一ケ月金八万円に増額する旨の意思表示をした。

三、よつて右土地の賃料は昭和三六年一〇月一日以降一ケ月金八万円に増額された。

四、然るに被告はその後も原告に対し従前同様一ケ月金一万五千円の割合の地代しか支払わない。

五、よつて原告は被告に対し昭和三六年一〇月一日から昭和四〇年四月末日までの間一ケ月金六五、〇〇〇円(月額八万円から被告が支払つた一万五千円を引いたもの)の割合による合計金二、七九五、〇〇〇円及び内金三九万円に対する昭和三七年四月一〇日から、内金二、四〇五、〇〇〇円に対する昭和四〇年五月一二日から右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告の主張に対し、本件土地の固定資産評価額及び年税額が被告主張の通りであることはこれを認めるが、その余の事実はこれを争う、と述べた。

立証〈省略〉

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、原告主張の一の事実はこれを認める。

二、原告主張の二の事実も本件地代が著しく低額であるとの点を除きこれを認める。

三、原告のした本件増額請求は過大であり失当であると思料する。

(一)  本件土地の昭和三一年度から昭和三六年度までの固定資産評価額及び固定資産年税額は次の通りであり、昭和三一年度に対し昭和三六年度は評価額において二割五分年税額において約三割増額されているにすぎない。

年度     評価額       年税額

三一年 三、四〇三、〇〇〇円 五一、〇四〇円

三二年 同右 五四、四五〇円

三三年 三、八四六、三〇〇円 六一、五三〇円

三四年 同右 六一、五三〇円

三五年 同右 六一、五三〇円

三六年 四、二二五、七〇〇円 六七、六〇〇円

昭和三一年一月に決められた賃料一ケ月金一五、〇〇〇円は、当時当事者間の協議により定められたものであるから一応妥当なものとすべく、これに右固定資産評価額等の増額の割合等を考慮すると、昭和三六年当時の本件土他の賃料は、前記一五、〇〇〇円の三割増ぐらいが標準となるものと考える。

(二)  地代は、賃借人の土地利用の対価であると同時に賃貸人の投下資本に対する利潤であつて、地代の増減変更はこの両者間の利害の調整を目的とするものであるから、地代の増減変更については、公租公課の増減、土地価格の昂低、比隣地代との比較の外賃借当初の事情、賃貸借の目的、地代改訂の経過、賃貸継続年数等当事者間の特殊事情も十分斟酌されねばならない。被告は昭和二一年訴外千艸円之助から本件土地を賃借し、じ来一八年の長期に亘りこれを継続賃借し来つたのであつて、原告はその中途の昭和三〇年五月にこれを買受け賃貸人となつたものである。被告が本件土地を千艸より賃借した当時は、附近一帯は戦災の焼跡に急造バラツクが建ち並んでいる状態であつたが、被告は将来の復興を見込んで一ケ月金八百円の地代でこれを借受け、権利金一万円(現時の金で換算すれば百万円乃至二百万円に相当する)を支払つたのである。

(三)  附近一帯の商店街は続々復興し、次第にブロツク建築又は鉄筋コンクリート造となり、しかも三階乃至五階建の近代建築が現出しているにも拘らず、被告は、本件賃貸借が木造建物所有を目的とするとの契約趣旨に拘束され、営業上多大の不利益を忍受しながら昭和二一年建築の木造平家建店舗で営業を継続しているのである。被告は、昭和三〇年四月被告方店舗の表の一部が焼失した機会に鉄筋コンクリート造二階建建物を建築せんとして原告にその許諾を求めたところ、原告はこれを逆用し、被告に契約違反ありとして仮処分の申請に及び、一挙に本件貸借関係を解消せんとした。よつて被告はやむなく木造建物を復旧するに止めた次第である。かように本件土地には堅固な建物の建築は絶対に許さないとする特殊事情が存在するから、本件地代を改訂するに当つても特殊事情として右の点を十分に斟酌さるべきである。

四、よつて原告の本訴請求は失当であり棄却を免れない。

と述べた。

立証〈省略〉

理由

一、本件土地が昭和三〇年以来原告の所有であること、被告が原告の前主当時から本件土地を賃借し、昭和三一年以降の本件土地の地代が一ケ月金一万五千円であること、及び原告は昭和三六年九月二〇日被告到達の書面で右地代を昭和三六年一〇月一日以後一ケ月金八万円に増額する旨の意思表示をしたこと、はいずれも当事者間に争がない。

二、そこで右増額請求の効果について判断する。

(一)  土地の賃料は賃借人の土地利用の対価であると同時に賃貸人の土地資本に対する利潤であるから、地代は原則として土地の取引価格に期待利廻り率(商事法定利率の年六分を相当と考える)を乗じ、これに税金を加算した額をもつて相当とすべきである。

(二)  昭和三六年一〇月当時の本件土地の一坪当りの更地としての取引価格については、鑑定人佃順蔵は金七二万円、同中村忠は金六一万六千円と夫々鑑定し、一方原告代表者本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二号証(株式会社万成社作成の鑑定書)によれば金五〇万円が相当であるとされていて、その間に可成りの差異が存在する。ところで他に右各鑑定の結果につきその当否を判定する資料がない。よつて当裁判所は右三者の平均値たる金六一万二千円をもつて本件土地の一坪当りの昭和三六年一〇月当時の更地としての取引価格と認定する。

(三)  戦後一般諸物価がインフレのため騰貴したが、土地価格の高騰は特に著しく、戦後二〇年間殆んど上昇の一途を辿り、それらが要因となり近年の土地の更地としての価格には将来の発展を予想した思惑的な期待価格を織込むのが通例となつていることは当裁判所に顕著である。

元来地代は土地の当面の利用価値、現実の収益力などによつて定めらるべき性質のものであるから、適正地代算出の基礎とすべき土地価格は、期待価格を包含している更地価格から期待価格を分析してこれを控除した現況価額によるのが相当である。

そして、原被告各代表者本人尋問及び鑑定人中村忠、同佃順蔵の各鑑定の結果によれば、本件土地は戦前から大阪市の目抜き商店街たる心斉橋筋に面した熟成地であることが認められるから、当裁判所は前同各証拠から右期待価格を更地の取引価格の二割と認め、これを更地価格より控除すべきものと考へる。

(四)  賃借権の存する土地は、更地に比較して市場性に乏しく、現実には自然発生的な借地権価格に相当する価格だけ低く評価されるのが一般の慣行である。よつて当裁判所は鑑定人佃順蔵の鑑定の結果に従い本件の借地権価格を更地価格の三割と評価するのを相当と考える。

(五)  そうすると本件土地の昭和三十六年一〇月当時の適正地代月額は

(612,000円×0.8×0.7×0.06/12+130円《固定資産税及び都市計画税月額》×43.12)

即ち金七九、四七〇円を相当とすべきところ、被告代表者本人尋問の結果によると、本件土地は前記の通り繁華な商店街に面し、附近の家屋は昭和三〇年頃から鉄筋コンクリート造りの堅固な家屋が普通となり、その後三階乃至五階程度の高層建築が続々と出現しているに拘らず、原告は被告が右地上に鉄筋コンクリート造の建物を建築することを峻拒し、そのため被告は旧態依然たる木造の平家建の建物の使用しか許されず、営業上多大の不便と不利益を強いられている事実が認められる。ところで木造建物の敷地としてのみ使用し得る土地の賃借権は、堅固な建物の利用を目的とする賃借権に較べ賃貸期間に相異があることはもとよりその利用価値にも著しい差異が存在するから、賃料増額請求の際これを考慮に容れるべきは当然である。そしてさきに認定した本件土地の環境立地条件等を考慮すると本件土地の相当賃料は鑑定人下湯北木之助の鑑定の結果を参酌し堅固な建物の建築の許される普通の場合につき検討した前記一ケ月金七九、四七〇円の二分の一の金三九、〇〇〇円(本件地代は従前から一坪当りの金額を決めこれに坪数を乗じ端数まで算出して決定されていたものではなく、四三坪一合二勺全体につき千円単位の金額で決められていたので、それ以下の端数は切捨てる)とするのが相当である。

(六)  借地法第一二条の法意が既定の賃料と後に生じた経済事情の変動との間の不均衡状態を衡平の理念に照し合理的に調整せんとするにある以上、地代増額請求の場合の相当地代を決めるに当つては、前記の基準の他に従来からの地代増額の経緯、公租公課の増加率、附近の土地の賃料その他一切の主観的客観的事情をも併せ考慮すべきは当然である。しかしながら本件に現われた右の一切の事情を考慮しても、前記認定の相当賃料額を不相当とする特段の事情は認め難い。

三、そうすると本件地代は原告のなした増額請求により昭和三六年一〇月一日より一ケ月金三九、〇〇〇円に増額されたものというべきであるから、被告は原告に対し昭和三六年一〇月一日から昭和四〇年四月末日までの間毎月右金三九、〇〇〇円からすでに支払済の金一五、〇〇〇円を差引いた金二四、〇〇〇円の割合による合計金一、〇三二、〇〇〇円及び内金一四四、〇〇〇円(昭和三六年一〇月分より昭和三七年三月分までの分)に対する昭和三七年四月一〇日(訴状送達の日)より、内金八八八、〇〇〇円(昭和三七年四月分より昭和四〇年四月分までの分)に対する昭和四〇年五月一二日(請求の趣旨拡張申立書陳述の日の翌日)より、各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。よつて原告の本訴請求は右の限度において理由があるから正当としてこれを認容すべく、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、よつて民訴法第八九条第九二条第一九六条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 谷野英俊)

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